中学入試をする意味

【2】合格する学校を作る意味-中学受験をする意味

合格する学校を作る意味

 さて、長々と自分語りをしてしまいましたがこれは二つのことを伝えたかったからです。

一つは「中学入試の全落ちは大人の想像をはるかに超えるダメージを子供の心に残す」ということです。

かなり早熟であった僕でさえ自分の数年間を全て否定された気持ちになりました。保護者意向で「偏差値の低い学校には行かないので全滅覚悟で上位の学校しか受けない。ダメだった時には公立に行くし、メンタルフォローはしっかりするので大丈夫です」という話をよく聞きます。

確かに行かない学校を受けることは無駄なことなのかもしれません。ですがすべての学校が不合格とは本人からすれば「日本中のどこの学校を受けても受からない。日本で一番勉強ができない」くらいの気持ちになります。大げさなように聞こえると思います。でもこれが中学入試です。

たった十二年しか生きていない人間が初めて突きつけられる現実です。自分が長い時間かけて繰り返してきた行動を結果だけで判断される。努力した時間は評価されません。がんばったからいいとう考えは通用しません。

大学入試ならいいでしょう。高校三年生にもなればどんな人間でも一つや二つは社会から否定された経験があるはずです。しかし小学六年生ということを忘れないで下さい。

立って歩くだけで褒められ、運動会でビリでも最後まで走れば拍手され、失敗してもちゃんと謝れば許してもらえる。それが正しい小学生の世界です。

中学入試はそこに突然現れた怪物だということを関わる大人は理解するべきです。

だからこそ一月の東京以外の学校でも良いので合格する学校を作ることを勧めます。「あんな学校受けることが恥ずかしい」なんて言葉を子どもが言う時、それは確実に親御さんの言葉です。学校の序列に関しては他の機会に書きますが、子どもの努力を一番知っているのは親御さんです。

同時にその努力を完全否定し、人格否定できるのも親御さんだということです。

ボクの教え子でも公立中学に進学した子どもはいます。合格した学校を選ばず、その合格を持って公立中学で努力を続け高校入試で志望校に合格しています。大人は常にもしもを考えるべきです。中学入試が希望通りにならなかったとしても、小学校の間の努力を合格という形にして胸を張って中学生になれるようにしてあげましょう。

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